佐藤、そこは直線引くんだって
高校の授業中に、私は隣の席の佐藤にアドバイスした。
佐藤は、変に神経質で、そういう時ばっかりフデバコから定規を取り出して、
左手で丁寧に押さえながら線を引いた。
机を乗り出して横から手伝った適当な私のフリーハンドに
「ちょっバカ!」とか慌てながら。
そんなズボラな私も、あれから15年、驚くほど綺麗な直線が引けるようになった。
佐藤の書いた定規の直線より、むしろ真っ直ぐに。なめらかに。軽やかに。
そして、長く。
定規、使わないの?
と、佐藤は不思議がるかもしれない。
いらない。
と、私は笑うと思う。
添えるモノなんて、何もなく、私は真っ直ぐがわかるのですよ。と。
だから、佐藤、ちょっと、そこにいてみ。
そう、そこ。
あ、もうちょっと、右。右。あ、行きすぎた。左。
本当は、どこにいてもいい。
私から佐藤に向かう線。
それは、どのような条件においても、直線です。全ての線において、直線です。一直線です。
ニートの佐藤から「就職決まった、4月から社会人」ってメール。
28歳。
遅めのルーキー。
佐藤がパン屋の二階から、社会に出る。
それは、私にとって、恐怖だった。
佐藤がニートでいる限り、佐藤は、佐藤さんの家の子で、
多少の期間会えなかろうと、佐藤の人生も、私の恋も、
回転木馬のように追いかけっこをしてる顔して、
グルグル回っていれば良かった。
佐藤の時が止まってるから、私は二回も三回も告って、季節ごとに告って、
また明日も告ろうかなあとか思えたのかもしれない。
それが、あの佐藤が社会人ですよ。
そんなんが、もう4年前。
私は、ある覚悟を、もう何年も前からしていた。
佐藤が、結婚する覚悟。
その佐藤の結婚を、祝福する覚悟。
祝福ってものが、佐藤を別にしても、全然わかんないんだけど、
私は佐藤の結婚式を素敵にしたい。
佐藤の結婚式が素敵にならないことは、一切しない。
意味ありげに泣いたりもしないし、
変にはしゃいだりもしない。
わかってるような視線を絡ませたりもしないし、
すがるような目でも見ない。
ちゃんと、します。
そんなんを、もうだいぶ前から考えて、
佐藤の結婚の話なんて、ちっとも伝わってこないのに、考えて、
夜、うなされて、飛び起きたりして、そのあと、朝の中野通りを走ったりした。
いま思えば、あの高校三年、二学期の席替えが、私と佐藤の最短距離だった。
左を見れば、頭をはたける位の距離に佐藤がいた。
「ねぇ、佐藤、そこは直線引くんだってー」
あの日、手伝って引いたフリーハンドの先には、確実に佐藤がいた。
それから何度も何度も、佐藤を好きになった春が来て、
捨てるほど夏とか秋とか、どんどん来て、私は着実に開き直って、
乙女というより何かの職人のように、佐藤を思う。
そういえば、あの日、フリーハンドで横から引いた線は、
佐藤の定規の線と、うまく繋がらなかった。
そんなことが、今となっては、全てだったような気がする。
分かっていたら、私は、やり直しただろうか。
繋がらない線を、何年も引き続けたりしなかっただろうか。
佐藤はいびつになったアンダーラインをみて、「げー」と嘆いた。
「おれ、こういうの許せないんだよなぁ・・」とガッカリした。
でも、消したりはしなかった。
佐藤が結婚したと聞いた時、驚くほど普段と変わらない自分がいた。
というより、普段と「変われない」自分がいた。
変われないくらい、もう、佐藤が好きで、同時にそれを諦めていた。
今後、佐藤が誰かと、どんどん線を繋いで、編み目のように繋いで、
このあと、ずっと佐藤の遺伝子が少しずつ残っていく世界で、
それにくるまるようにして、私は暮らしていくのだと思う。
「俺より強い奴に会いに行く」
そんな感じで、ドラゴンボール集めるみたいに始まった私の恋は、
何度7個ボールを集めても、目の前で「ギャルのパンティー」に変わっては、世界に飛び散った。
佐藤より好きな子が地球にいない事実。
そんな地球で一番どうでもいい愚痴を、書けば今日も読んでもらえる。
今日、これが書けたことが、私はすごく嬉しい。
書くことが楽しくて仕方がない。
この先、一文字も書けなくなるかわりに、佐藤の心が射とめられたとしても、
私は書くのを止められないだろうから、泡にすらならずに、この大海をようようと泳いでいくんだろう。
ちっともめでたくなんてないから、口先の祝いなんて絶対しないけど、
佐藤がんばれ。
私もがんばる。